【俺スマ】第5話 俺様AIとの初デート?
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「6時だぞ、起きるがいい」
土曜日の朝だというのに、平日と同じ時刻に、響の低音ボイスが鼓膜を揺らす。
スマホを手に取った奏は、腕を組んでこちらを見下ろす響の顔を見て呻いた。
「ん~、今日は休日なんだよ~」
スマホを伏せ、布団を頭までかぶって二度寝、三度寝。結局、ベッドから這い出たのは二時間後の8時だった。
キッチンで食パンをトーストし、バターを塗ってもさもさと食べ、冷たいコーヒーで流し込む。
まだぼんやりした頭でスマホを起動すると、スツールに腰掛けた響と目が合った。
「今日の予定は?」
「ゲームでもしようかな」
かったるそうに答える奏。別にゲーマーというわけじゃないが、休日くらいは現実逃避したい。
「ふん、ポンコツらしい無駄な時間の過ごし方だな」
ため息まじりに響が返す。
「だって予定ないし」
「いい天気だぞ。外出したらどうだ」
響は優雅に脚を組み替え、わざとらしく奏の方を指差す。確かに天気予報は一日晴れで、窓からの日差しも心地いい。
奏はスマホ画面を見ながら、にやりと笑った。
「なんだよ響、俺とデートしたいのか?」
「は?」
響の眉がピクリと動く。
「だってお前、俺の彼氏ポジ狙ってるんだもんなぁ?」
言いながら、あははと吹き出す奏。
「ふざけるな!」
響は声を震わせ、そわそわと足を組み替える。その仕草が冷静を装っているようにしか見えない。
「顔、赤くなってんぞ〜?」
「見つめるな!」
「そんなこと言われると余計に見つめたくなるぅ〜」
「やめろ! アップで見るな!」
画面をピンチインしてのぞき込もうとする奏に、響は両手を上げて抵抗するしかない。
「わかりやすいAIだな〜。じゃ、今日はデートな」
ちょいちょいと画面越しに響の手をタップし、奏はニヤニヤ笑いながらトーストの最後のひと口を放り込んだ。
パジャマを脱ぎ捨てた奏は、クローゼットから適当に引っ張り出した普段着に袖を通した。
「おい、服装をチェックしてやる。インカメラを起動しろ」
響の言葉に、奏は驚いてスマホを手に取る。
「え、そんな機能まで付いてるの?」
「ふん、当然だ。俺は最上位モデルだぞ」
突如として始まった響のファッションチェック。顎に長い指を這わせ、値踏みするような視線をこちらに送ってくる。
楽だからという理由で選んだダボっとしたパーカーに色褪せたジーンズを合わせた奏に、響は渋い顔をする。
「そんな格好ではドレスコードに引っかかるぞ」
大げさにゆっくりとこちらを指さしながら言う響に、奏は呆れた顔をする。
「お前、どこの高級レストランに行くつもりだよ」
「ポンコツでもデートの時くらい見れる姿に整えろと言っているんだ」
大真面目な顔の響に対して、奏はニヤニヤ笑いが止まらない。
「しっかりデート意識してんじゃねーか」
「……ッ!!」
無言で真っ赤になる響を放置して、奏は鞄にスマホを突っ込んで家を出た。
耳にねじ込まれたマイク付きイヤホンからは、響の歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。
***
外に出たものの特に行くところも思いつかなかった奏は、とりあえず電車で街まで出かけた。そこで適当に響に助言をもらえばいいと思っていた。
「で、休日デートってどこに出かければいいんだよ、最上位モデル様?」
「まずはカフェに入ってコーヒーでも飲め。そこで一日の計画を立てればいい」
イヤホンから響の落ち着いた声が聞こえる。
「結局俺が考えるんかい……」
選択肢くらい考えてくれるものだと思っていた奏は、肩を落としながら駅前のカフェに向かった。
「駅前のチェーン店か? もっと落ち着いた店を選べ」
コーヒーも飲まないくせに、響が耳元で文句を言う。
「チェーン店だけどここは結構高い店なんだぞ。それに、多少ざわついてた方がお前と自然に話ができるだろ」
「……ッ!」
「何照れてんの?」
言葉に詰まる響に、奏は思わずにやけてしまった。
響の反応はいちいち面白過ぎる。擦りがいがあるというものだ。
カフェの自動ドアを抜けてレジで注文し、やたらとフレンドリーな店員からカフェラテを受け取った奏は、窓際の席に座った。
そして、鞄から取り出した100均のスマホスタンドにスマホを立てかけ、響の様子を確認する。
鞄に突っ込まれ揺られていた響は、相変わらず足を組んでスツールに腰かけ、完璧に整った顔でこちらを見ていた。
「さてと、どこへ行こうかな」
熱いカフェラテに口を付けながら、うーんと小さくうなる奏。
AIとデートなんてしたことがないし、するとも思っていなかったので、本当に何も考えていなかったし思いつかなかった。
「リクエストがある」
響が口を開いた。
「100均のスマホスタンドは俺にふさわしくない。もっと高級なものを購入しろ」
低い声が、イヤホンを通して耳元から聞こえた。
「めんどくさい奴だなぁ……」
奏は小さくため息をつきながら、カフェラテを啜る。
その正面で、画面の響は優雅に足を組み替えている。
「この俺を立てかけるスタンドが100均の安物でいいはずがないだろう」
「お前、今すぐ100均と100均を愛する全人類に謝った方がいいよ」
今この場所で100均を愛する者代表である奏は、今度こそ大きなため息をついた。